こんにちは、manyanです。
木村多江さんが【おしゃれクリップ】に登場、日本一不幸な役が似合う、”薄幸女性”とも謳われた彼女の意外?ともいえるロックな一面も見れましたね~
いつもお綺麗な木村さん、現在は何歳なんでしょうか?
そして番組内で語られた長い女優下積み時代のこと、父親のこと、自分を追い込んでいた時期など、女優の役として”薄幸”だっただけでではなく、プライベートでもかなりしんどい時期があった様です!
今回は女優・木村多江さんが経験した若い頃の苦労や結婚後の仕事やご自身の子供などについて調査の上、当時どんな状況でどのように女優として大成出来たのかを考察していきたいと思います。
木村多江さんの苦労が気になる方は是非最後までご覧ください。
木村多江について
まず木村多江さんの経歴から見ていきましょう。
- 生年月日:1971年3月16日
- 出身:東京都
- 身長:162cm
- 学歴:白百合学園→昭和音楽芸術学院
- 経歴:
1990年の大学在学中から舞台俳優として活動
1992年に父親が他界し、家計のためバイトを掛け持ちしながら活動を継続
1996年脇役としてテレビドラマへの出演が始まる
1999年ドラマ「リング」の”貞子”役が話題に
2005年結婚
2007年NHKドラマ「上海タイフーン」で主演に抜擢されるも妊娠により撮影延期
2008年出産、初主演映画「ぐるりのこと。」公開、「上海タイフーン」も放映
2010年映画「東京島」で主演
2017年ドラマ「ブラックリベンジ」で主演
木村多江さんは大学在学中の19歳から役者としての活動を開始しており、1999年のドラマ「リング」の”貞子”役が話題となり、世間をザワつかせましたね!
しかしこの時は”ブレイク”ではなく、小生の記憶では初主演映画の「ぐるりのこと。」から「東京島」あたりがブレイクだったと記憶しています。
2010年頃となると木村さんの年齢としては40代近くになりますので、女優としては遅咲きだったと言えるでしょう!
そんな彼女も2024年現在では53歳!ベテラン女優として充実した芸能活動を続けられています。
木村多江の若い頃の苦労が凄い!
上述した経歴の通り、木村さんは父親を21歳の大学在学中の時に亡くしており、その後は家計を支えるため学業と卒業後の芸能活動を行いながら様々なバイトを掛け持ちでやっていたそうです。
なんとその当時には、多忙過ぎて殆ど寝る時間も無かったんだとか!!
確かにテレビドラマへの出演が1996年以降増えてきてはいますが、脇役としての起用であり、ギャラも当時はそんなに多く貰っていないハズでしょうから、かなり苦労したことでしょう。
特に父親が、自身が21歳の時に亡くなったというのはあまりにも悲しく、また困難の極みであったに違いありません!小生が逆の立場だったら、学業や芸能活動をしながらバイトを掛け持ちして、一日数時間しか寝れない・・・なんてことはとても耐えれないと思います!
何だか”自分自身を追い込む”ように生きていた木村さんは、番組内でこう語っていますね。
「自分は幸せになっちゃいけない。常に苦しいことをしていなきゃいけない」
う~ん・・・なんという悲観的な!!幸せになっちゃいけないと思うなんてあまりにも可哀そう過ぎます!!やはり父親が他界した影響も大きかったと思いますが、こんな風に自分を追い詰めていたなんて!
何だか私生活がこんなに苦しかったからこそ、”薄幸女性”役がハマったのかも・・と思ってしまいますよね・・・私生活の大変さって、絶対に顔やその人の雰囲気すら変えてしまうと思うんです。よって、当時の木村さんはその様な”薄幸オーラ”を発していたのかもしれません。
最近の女優さんは10代の頃から輝かしい経歴でトントン拍子で大出世、主演を演じている人も多くいますが、そんな人達とは全く違う本当に苦しい20代を経験した木村さん・・・。
そんな壮絶で苦しい20代の下積みがあったからこそ、遅ればせながら40代でブレイクすることが出来たのでしょうね!これはもう当然の結果だと思います!
木村多江は結婚後に転機で仕事と子供に恵まれた!
木村さんの転機が訪れたのは、1995年に出演したドラマ「リング」で”貞子”役が話題になったことが一つの転機だったでしょう。
しかし、小生が思うに真の転機は2005年の結婚と2008年の出産で子供を授かったことの方が大きいような気がするのです!
妊娠から出産までには、既に予定が決まっていた「上海タイフーン」の撮影も延期となり、木村さんにとってはかなり苦悩があったことでしょう。しかも初めての主演というタイミングでの妊娠。
ここで木村さんがとった行動が”関係者にお詫びの手紙を書き続ける”という真摯な姿です!「絶対に子供を誕生させる」ことと「中断したドラマを完成させる」という2つの強い思いを胸に秘め、無事に子供を出産、そしてドラマもその後に完成させるのです。
この出産して数か月しか経っていない時期に撮影に挑む、というのも物凄い根性です!というか木村さんは本当に真摯で責任感の強い人だと思います。出産後のボロボロになった体でしんどい中、よく撮影に耐えられたものと思います・・・。
しかしこの困難な状況の中撮影に挑み、ドラマを完成出来たことは、木村さんの大きな自信に繋がり、また女優として成功できることに繋がったのでしょう。
実際に2008年以降もコンスタントにドラマへの起用がなされていることが何よりの証拠ですね!
まとめ
今回は女優・木村多江さんが経験した若い頃の苦労や結婚後の仕事やご自身の子供などについて調査の上、当時どんな状況でどのように女優として大成出来たのかを考察してまいりましたが、いかがだったでしょうか?
- 木村多江は19歳の大学時代に女優デビュー、40歳でブレイクした
遅咲きの女優! - 木村多江は21歳の時に父親が他界し、学業、女優業、アルバイトを
掛け持ちしながら20代を乗り越えた超苦労人!
”薄幸女性”のイメージもこの苦労から滲み出たものと思料 - 木村多江はブレイクのさなか結婚と出産を経験し更に成長!
様々な苦難を真摯さと信念で乗り越えた”根性女優”だ!
今では”ロック”な一面で、ある意味ぶっ飛んでいるパフォーマンスを披露する木村さん!
今後、女優として更に飛躍する彼女の活躍を見守り、応援していきましょう!
今回も最後までご覧くださり、ありがとうございました!
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